ALSとは



   1.ALSとはどういう病気か

   ALSは、日本語では筋萎縮性側索硬化症(きんいしゅくせいそくさくこうかし
  ょう)と呼ばれています。英語名をamyotrophic lateral sclerosis といい
  その頭文字を取ってALSと略称されています。amyotrophic とは、筋の栄
  養(myotrophy)がなくなって(amyotrophy)、筋が萎縮するということです。
  lateral とは側索のことで、図に示すように脊髄の左右の部分をさします。
  ここは、大脳皮質の運動中枢の運動ニュ−ロン(運動神経細胞)からの情報
  を脊髄の運動ニュ−ロンに伝える錐体路があるところですが、sclerosis と
  は、この側索が変性して硬くなることを意味しています。この名からもわかる
  ように、ALS は運動ニュ−ロンが障害され、運動がしにくくなったり、筋肉が
  やせてくる病気で、運動ニュ−ロン病ともいわれます。

   ところで、運動ニュ−ロン病で障害される運動ニュ−ロンは、脳のどこにあ
  るのでしょうか。運動ニュ−ロンには、上位(第一次)運動ニュ−ロンと,下位
  (第二次)運動ニュ−ロンとがあります。大脳の運動中枢(大脳皮質中心前
  回:図中のA)にある運動ニュ−ロン(ベッツ細胞)を上位運動ニュ−ロンと
  いいますが、ここからの運動の指令が、下位運動ニュ−ロンに伝えられて
  筋が動くようになっています。下位運動ニュ−ロンには、橋・脊髄の脳運動
  ニュ−ロン(図中のB)と脊髄の前角運動ニュ−ロン(図中のC)があり、そ
  れぞれ球筋と四肢筋の諸筋群を動かしています(脊髄と末梢運動神経の
  図に、脊髄前角運動ニュ−ロンの四肢筋までの経路を代表として示してあ
  ります)。上位運動ニュ−ロンには、(A)から(B)までの連絡路(皮質橋路
  と皮質延髄路)と、(A)から(C)までの連絡路(皮質脊髄路=錐体路)が
  含まれます。
                

   橋・延髄の脳運動ニューロンの下位運動ニューロンで動く筋は、延髄部
  が外見上は‘球’にみえるので球筋といい、この下位運動ニューロンの障
  害(B)以下の障害による連動麻痺を‘球麻痺’といいます。橋・延髄の脳
  運動ニューロンの上位運動ニューロン障害(B)より上の障害は、‘仮性球
  麻痺’といわれ‘球麻痺’とは区別されますが、しゃべりや飲み込みの障害
  は同様に認められます。

   脊髄前角運動ニューロンで動く筋は、四肢(手足)筋が含まれます。この
  上位運動ニューロンの障害は、錐体路障害を含んでいて錐体路症状とい
  われ、下位運動ニューロンの障害は、脊髄運動ニューロンが前角にあるこ
  とから、前角症状といわれています。

   自分で動かせる筋(随意筋)には、四肢筋・球筋の他に、呼吸筋や外眼
  筋があります。運動ニューロン病では、みな障害される可能性があります
  が、外眼筋は障害されにくい筋です。運動ニューロン病には、上位・下位
  運動ニューロンの両方が障害されるALSの他に、下位運動ニューロンの
  みの脊髄性進行性筋萎縮症(spinal progressive muscularatrophy
  =SPMA)、上位運動ニューロンのみの原発性側索硬化症(primary la
  teral sclerosis=PLS)、橋・延髄の下位の脳運動ニューロンのみが障
  害される進行性球麻痺(progressive bulbarpalsy=PBP)に分類され
  ています。しかし、日本では、一般にALSを運動ニューロン病の意味で用
  いられています。

   ALSは日本にだけある病気ではなく、アメリカ・ヨーロッパなど、世界中
  どこでも同じようにあります。一般に40〜60歳で発症することが多く、男
  性も女性もかかりますし、肉体を使う労働者、スポーツ選手から、体をそ
  れほど使うことのない主婦、サラリーマン、学者まで同じようにかかること
  が知られています。

   ALSの原因は何でしょうか。どうしてこんな病気にかかるのでしようか。
  世界中で、いろいろと研究が行われていますが、今のところ原因はまだ
  わかっていません。治療法の項でふれますが、原因には、興奮性アミノ
  酸のグルタミン酸の過剰説、一部の家族性のALSの患者に見いだされ
  た活性化酸素を解毒する(SOD1)遺伝子変異が原因に関っているとす
  る説、運動神経栄養因子の不足説などがありますが、一つの原因だけで
  はなく、いくつかの原因が重なって病気をおこすと考えられます。

   2.ALSの症状

  (1)ALSが原因で起こってくる随意筋力の低下と筋肉のやせの症状

   ALSの症状は、上位運動ニューロン障害と下位運動ニューロン障害と
  に分けられます。普通は、四肢筋の手足のやりにくさから気づかれます。
  まず片方の手や腕の力がなくなり、「手でものをつかみにくい」「腕をあげ
  にくい」ということから始まり、段々それが進行するとともに、反対側の手
  や腕にも力がなくなり、筋がやせてきます。さらに、足にも手と同じように
  力がなくなり、筋がやせ歩きにくくなります(四肢筋の下位運動ニューロ
  ン障害=前角症状)。「足がつっぱって歩きにくい」というようになること
  もあります(四肢筋の上位運動ニューロン障害=錐体路症状)。また、「
  ろれつが回りにくい」「飲み込みにくい」という球麻痺症状が、初めにでて
  くることもあります。

   一般に、症状はゆっくりと進行し、すぐ何かができなくなるということは
  ありません。しかし、症状がでてから数カ月、十数カ月とたっていく間に
  は、初めにでてきた四肢筋の症状である、字が書きにくくなる、歩きにく
  くなる、自分の手で食事が食べにくくなる、といった運動の障害が目立っ
  てきて、仕事を続けるのが困難になるとか、主婦の場合には家事を続け
  にくくなるなど、日常生活の上に支障が生じてきます。その他、言葉がは
  っきりしなくなる、食物がのどをよく通らなくなる、食べるとむせるなどの
  球筋の症状や、呼吸筋の筋力低下で換気が少なくなって、時に息苦し
  さを感じるなどの症状が加わることもありますが、これらが先にみられる
  こともあります。

   これらの運動の症状は、その筋の症状のあらわれ方や、他の筋の症
  状の加わり方や、症状の進み方など、一人ひとり、皆、違うのがALSの
  運動障害の特徴といわれています。そのため、今のやりにくさに合わせ
  て、残っている運動の働きを使いやすいように、皆と相談しながら工夫し
  ていくことが大切です。

   また、ALSに比較的持徴のある症状として、筋肉がぴくぴく動く(線維
  束性収縮=ファスィキュレーション)ということがあります。腕・大腿・胸
  背中・舌・口の周囲などのあちこちがぴくぴくするのを感じ、またみるこ
  ともできます。

   このように、ALSでは、体のあちこちが思うように動かしにくくなります
  が、体の中には麻痺が起こりにくい筋もあります。その一つが外眼筋で
  すが、目が全く動かなくなることは稀にしかありません。膀胱や直腸の
  排便・排尿時の括約筋の働きにも障害が及びますが、排泄のコントロ
  ールができなくなる程になることは一般にはありません。その他、アル
  ツハイマー病のようなボケが起こることはありませんし、激しい痛みに
  よって苦しめられるというようなことも原則としてありません。

  (2)ALSが原因で起こってくる、自分の情動(感情の高まりや自分の
    不安や訴えなど)を抑えにくくなる症状


   橋・延髄の脳運動ニューロンの上位運動ニューロン障害(Bより上の
  障害)の‘仮性球麻痺’では、時に、僅かな感情の高まりや自分の不安
  や訴えを抑えにくくなることが起こります。普通の時には、抑えることが
  できる程度のおかしさや楽しさ、また悲しさや辛さがきっかけで、表情も
  声も大笑い、大泣きとなって、しぱらく続いて自分では止められなくなる
  ことがあります。これは、強制笑(仮性笑)とか強制泣(仮性泣)として知
  られていることですが、知らないと周囲が戸惑うことがあります。

   また、自分の手足などのからだの位置の変化(体が白由に動かせない
  とき)や馴染んでない介護者に交代するとか、フトン、ベッドなど慣れた周
  りの介護物が変わることなどがきっかけとなって、普通では我慢できる程
  度の訴えや不安な気持ちが抑えられなくなり、一時的に繰り返し訴え(要
  求し)続けるようになることがあります。これを情動が随意的に制止できに
  くい状況になっていると考えて、情動制止困難の症状といわれています。
  このように、ALSでは一時的に、自分で情動を抑えにくい状態になること
  を知らないと、性格がかわってしまったと悩んでしまうことがあります。

   3.治療法

   ALSの原因はまだ不明ですので、これをのめば治るという薬はまだあり
  ません。しかし、原因および治療法の研究は、わが国でも外国でも盛んに
  行われており、近い将来ぞれが必ず実を結ぶことと思います。

   今のところ治療に関する研究は、3つの流れに分けられます。中枢神経
  系内にあるグルタミン酸の働きを抑制する薬剤に関する研究、さまざまな
  神経栄養因子を使って神経細胞の変性脱落を防止しようという研究、そし
  て活性酸素の毒性をおさえる薬剤の研究です。

   もともとグルタミン酸は脳内に多く合まれていて、重要な働きをしている
  物質です。しかし運動系の神経細胞に、グルタミン酸による過剰な刺激
  が加わると、運動細胞が変性に陥るという学説がたてられ、それにもと
  ずきグルタミン酸の作用を抑制する薬の研究が盛んに行われ、この結果
  リルテック錠(一般名リルゾール)がALSの治療薬として、わが国でも使
  用されるようになりました。ただリルテックの効果は、今までの臨床試験
  や投薬経験からみると限られたもので、さらに有効な治療法が開発され
  るまで、とりあえずこの薬が発売許可になったと考えてよいと思います。
  重い副作用はなく、下痢、便秘、めまい、無気カや血液検査で肝機能異
  常、赤血球減少がみられたりする程度です。リルテック錠は、神経内科
  のある病院ならぱ、どこでも処方をしてもらえるようになりましたが、その
  前に病院が製薬会社に対して手続をするなどが必要で、普適の薬剤よ
  りも入手に時問がかかる時があります。

   二つ目の治療研究の流れは、いろいろな神経栄養因子をあたえて、
  変性に陥りかけた神経細胞を救い、ALSの進展を阻止しようというもの
  で、今までCTNF、IGF-1、BDNFなどの栄養因子が、臨床試験にま
  で掛けられました。そのうちCTNFは有効でない、副作用があるという
  結果になりましたが、あとの二つについては、まだ最終結論がえられて
  いません。また、このような栄養因子のいくつかを一緒に使用して、有
  効性、安全性をみることも計画されています。

   第三の流れとしての活性酸素毒性に関する研究は、家族性ALSの
  患者さんの一部に、活性酸素を解毒する酵素(SOD1)をつくる遺伝子
  の変異の発見にもとずくもので、非家族性ALS例でも活性酸素が神経
  細胞の侵襲に関与しているという仮説がたてられ、SOD1に関する研
  究が進められています。この関係の薬剤も開発されるまでにいたって
  いますが、神経系に到達させるのがむつかしく、ALSに対しての臨床
  試験を行うまでにはなっていません。また、最近はSOD1活性の低下
  ではなく、変異SOD1蛋白が神経毒性をもち、細胞の変性を起こすと
  いう学説もたてられ、これにもとずく研究の進歩にも期待がよせられて
  います。このようにまだ効果が不十分なものですが、治療薬もできまし
  たし、これからも次々と新しい治療法が登場する状況ですので、希望を
  失わず、健康を保つ一般的注意を守ることが良いと思います。また、出
  来るだけ今までどおりの日常生活を続け、食生活も、極端なものでなけ
  れば、自分の好みのものを摂られるのが良いでしょう。

   ラジオ体操のような手足の屈伸運動や、ランニング、散歩などの運動
  をすることがALSの進行を遅らせるかどうかについては、はっきりとした
  データがありませんが、いずれにしても、体を動かすことは、体の諸概能
  を維持していく上で、良いことと考えられています。しかし、手足のカが低
  下しているときに転倒すると、健康なとき以上にひどく体を打ちつけて、
  大きな怪我をすることがあるので注意が必要です。場合によっては布
  団の上に横になった姿勢のままで、手足や体の体操をすると良いでし
  ょう。

   のどの筋肉の麻痺によって食物をよく飲み込めないときには、胃に管
  を入れたり、胃に孔を作って、それを通して栄養を補給することができま
  す。また呼吸筋が弱ったときには、人工呼吸器を用いることもできます。
  
   4.経過と予後

   ALSが、自然に良くなることはありませんが、殆ど進行が止まってしまう
  ようなことはあるようです。しかし、一般にこの病気は進行性であり、麻痺
  はゆっくりながら進んでいくものです。四肢筋、球筋、呼吸筋の進む速度
  や程度は、個人によってかなり差があります。時に、呼吸筋障書の進行
  が早く、病気に気づいてから数カ月で呼吸ができなくなって、人工呼吸器
  を用いることもあります。しかし、呼吸筋麻痺になっても他の四肢筋、球
  筋、外眼筋も、同じような早さで動かなくなるわけではありません。

   球筋の障害で、話しができなくなったり、食物が飲み込めなくなったり、
  呼吸筋の障害で、呼吸ができなくなるという状況になっても、さまざまな
  コミュニケ-ション手段を工夫したり、胃チューブや胃ろうをつくったり、人
  工呼吸器を用いるという方法があります。そのため、ALSで命が奪われ
  るということはありません。しかし、食物をのどにつまらせるとか、肺炎に
  なるとかの、いわゆる合併症などをきっかけにした急変には、注意をする
  必要があります。

:     *:*:*:*†『ALS ケアブック』(日本ALS協会 編)より引用†*:*:*:*:
 



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